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原広司先生の思い出

原広司先生の思い出

4D/GROUNDWORK 代表 塚本光輝
2025年1月
10分
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2025年に原先生が、2026年に奥様の若菜さんが相次いで鬼籍に入られました。奇しくも私が住居部分の内装デザインを担当させていただいたW-gates tower(ケメット・ホールディングス本社社屋)は生前に竣工を迎えた最後の実例となってしまいました。 お二人のご冥福を心よりお祈りするとともに、15年の親交に深く感謝し、懐かしく振り返ります。

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私は不動産業を経て建築デザインを生業として延べ35年になりますが、長く「建築家」という選択肢とは別の選択肢を住まい手に提案し続けて来ました。 そんな私が建築家とはなんぞや?という問いの答えを明確に知ることができたのは先生との出会いによるものです。 確固たる哲学をもって、それを妥協なく体現し続けて来たお姿、徹底した仕事への没頭ぶりを目の当たりにして衝撃を受けました。 あんなに素敵な自邸をお持ちなのに、ずっと職場のアトリエの寝袋で寝ながら仕事を続けている、そのライフスタイルにも驚愕しました。

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先生と初めて出会ったのは、とある麻雀荘。互いに詳しい自己紹介もなく卓に着きました。帽子を被られていてお顔もよく見えず、なんだか独特な風貌の不思議な人だなぁという印象で、しばらく熱い対局を繰り広げたのち、あの原広司だと知り、驚きました。以来20年近い雀友です。 先生は「麻雀は人生そのもの。人格と人格の戦い」というようなことをよくおっしゃり、何度か卓を囲むうちに私のことを気に入ってくださったようで、以来頻繁にお声掛けいただくようになりました。丸2日間打ち続けたことも、週3回打ったことも、「新年原広司麻雀大会」で私が優勝したこともありました。

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先生はいつも私を面白がり、可愛がってくださいました。昨今のハウスメーカーや不動産業界の動向などについても尋ねられ興味深く私の話に耳を傾けて下さいました。 隈研吾さん、山本理顕さん、妹島和世さんなど先生の元で学んだ建築家もみな雀卓を囲んだとのこと。

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ある時ふと先生に、たくさんの建築家と関わった中で成功していく人とそうでない人の違いは何でしょうかと尋ねたことがあります。すると先生は「才能は当然のこと、大事なのは人柄だよ」と言い切りました。 私が独立した際には、先生が数分間のビデオメッセージを送ってくださいました。その中で「私はこの人の人格を保証する」と言い切って祝って下さいました。そのスピーチは私の宝物です。

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その偉業は皆様のご存じのとおりですが、誰もが知る名建築の設計秘話や裏話などをお伺いするのはとても楽しかったです。でも先生から学んだことは建築に留まらず、音楽、文学、民俗学、量子物理学など多岐に渡ります。

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あるとき「集落の教え」という本を先生の薦めで読みました。とても難しく、自分は十分理解できた自信はないのですが、集落の規則性を見出し、それを数値化して論理的にアプローチするプロセスは非常に興味深かったです。

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住民達がライフルで武装しているような中東の砂漠の奥地に命の危険に晒されながら踏み込んで調査をしたり、中国の山奥の民族に溶け込んでしばらく暮らしながら研究されたり。持ち前の人懐こさでどんな国の人たちとも仲良くなられ、彼らに心を許されて深く入り込んで研究する「グローバル人たらし」の側面もお持ちです。 世界に名の知れた大建築家なのに相手の国籍や年齢、肩書、経歴、バックグラウンドなどに全く捉われることなくフラットに人付き合いをなさり、どんな人にも平等に接する、そんな姿はとても魅力的でした。

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集落調査を重ねるうちに土地柄独特の音楽があることを面白く思った先生は、世界の音楽の系譜をたどりながら音楽自体の研究も続けてらっしゃいました。 先生がカリフォルニアの大学で教鞭をとり日本とアメリカを行き来なさっていた頃のこと。

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「映画『ブエナビスタソシアルクラブ』の舞台であるキューバに行きたい、君もぜひ一緒に行こう」と言われ、原先生ご家族と共にキューバ旅行をした経験が一番貴重で大切な思い出です。 当時まだアメリカと国交が復活していないキューバの街は衝撃的でした。1950年代の古い車を直し直し使われていて、暮らしはとても貧しいのに街には活気が溢れ、みなとても楽しそうだった。ブエナビスタの映画と同じメンバーが今もクラブで歌っているので、そこで原先生ご夫妻と一緒に夜通し踊ったり歌ったり食事をしたり、とても楽しい旅でした。

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また、先生は大変な読書量で、とりわけ文学への造詣は深く、建築と文学は不可分であり、良い文学と出会うとそこで得たインスピレーションから建築を創出することも多いとおっしゃっていました。作家の大江健三郎はご友人で、私もお会いする機会をいただきました。

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このように原先生のおかげで普通なら絶対にお会いすることが出来ないだろう学識者とお話する機会をいただくことは非常に多く、恐縮しつつ、とても楽しかったです。 幼い頃から宇宙に興味のあった私が量子力学などに関心を持ち始めた矢先、超弦理論(超ひも理論)の大栗博司さんにお会いすることができました。

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市原湖畔美術館でトークイベントが企画され、原先生と大江健三郎さん、評論家の三浦雅士さん、大栗博司さんとが「空間」についてトークセッションをなさいました。私はその日は先生ご夫妻を早朝ご自宅にお迎えに行き夜まで一日ご一緒させていただきました。 アメリカの大学で教授をなさっている大栗博士がわざわざこの対談のために訪れ、ビックバンから宇宙が生まれ現在に至るまで、ダークマターについて、空間とは?といった対話を間近で聞くことができ、ひどく感動したことが思い出されます。

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たくさんの想い出が溢れてきて、取り止めもなくなってしまいました。これからも折に触れ先生の残された言葉や、仕事に向かうお姿を思い出し、噛み締めて生きて行きたいと思います。改めて、ありがとうございました。いつか天国で、また麻雀を打ちましょう。

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